はじめまして
橘 まな と申します。
数ある発信の中から見つけてくださって
ありがとうございます。
私は、これから起業を考えている方向けに
『一歩踏み出す勇気が湧く』
をテーマに発信をしています。
副業・起業=ビジネスと聞くと
難しく、厳しそうに感じますが、
元幼稚園の先生という経験を活かして、
“分かりやすく”“優しく”をモットーに
サポートをしています。
まずは私がどんな人なのか、
自己紹介を兼ねたストーリーを
読んでいただけたら嬉しいです。
それでは、早速!始まります。
↓↓↓
■思い出すたびに…
「次いつ会えるやろか?たのしみだね。」
「またすぐきますね!」
大好きな友達夫婦の家に遊びに行った帰り
うとうとしている夫を横目に
慣れた高速を運転しながら
小さな幸せをかみしめていた。
時期も曜日も、かかる時間も気にせずに
会いたいと思った人に会いに行ける。
今、そんな環境に私はいる。
自分を責めることもない
何かに追われる日々もない
心身ともに無理をする必要もない
小さな幸せに気づき、
自分や周りの人を大切にできる。
ずっと思い描いていた
理想の暮らしをしている。
でも、ほんの数カ月前までは
そうじゃなかったな…
大学卒業後から歩んできた
道のりを思い出していた
――――――――――――――――
“採用”
小学生の時からの夢だった
幼稚園の先生になれた時
世界が輝いて見えた。
父が望んだ公務員になるべく
猛勉強をして、
公立の幼稚園に採用されたことは、
自分自身を誇らしく思わせた。
これから始まる
社会人としての未来に胸を躍らせ、
やる気に満ち溢れていた1年目。
担任をもたせていただいた。
1年目は初めてだらけ。
当然仕事が時間内に終わるわけもなく、
提示から2時間後に帰路につく。
お風呂に入って20時。そこから、
持ち帰りの仕事を終わらせるまでに
毎日4時間かかった。
それでも世の中の1年目の人が
もれなく全員大変なのは
当たり前だと思っていたし、
尊敬できる先輩方の背中を見て、
あんな先生になりたいととにかく
一生懸命だった。
経験不足だったけど、
初めてのクラスの子はみんな可愛くて
『この子たちのために』と思うと
全力で頑張れた。
上手くいかないことももちろんあったし
その時々で悩んだりもしたけど、
振り返ってみると保育が楽しかった。
周りからの視線は、1年目の姿としては
良い評価をもらえていたように感じていた。
2年目。
学年や環境が変わり、
上手くいかないことばかりになった。
教えてもらった通りにしても、
自分で考えなくてはと考えて行動しても、
全然だめだった。
求められるような保育ができず、
上手く進まないときに
どうすればいいのか判断できない。
何が正解かも
何をしたらいけないのかも分からなかった。
毎日頭痛を感じ、
保育が終わると早退することが多くなった。
精神的にも自分を守ることに必死で
周りが見えていなかった。
そんな時、身近な人を2人失った。
一人はクラスの保護者の方。
PTAの役員をされていて、
その活動で
ストレスを感じていたとのことだった。
もう一人は、大好きな先輩。
一緒に同じ学年で組んでいた。
私が早退するたびに、
一人で3クラス分の保育の準備を
してくださっていた。
負担をかけすぎていた。
「私のせいだ」
私がPTA活動の事を
気にかけていなかったから
私がいなかったせいで
体調が悪いことを言えなかったんだ
・・・
私が、目の前のことに必死で
自分の事ばかりだったからだ。
自分を責めた。
消えてしまいたかった。
現実から逃げ出したかった。
助けてくれたのは子ども達だった。
クラスの子どもたちのことを考えると
逃げずに向き合えた。
この先も、頑張ろうと思えた。
そして決意する。
“仕事は休まない”
“周りを優先する”
もう二度とこんなことが起きないよう
自分出来る限りのことはしよう。
そして、
上手くいかないことばかりだったけど
何とか一年やり遂げた。
やり遂げただけで、
出来ないことばかりだったのが
本当に申し訳なかった。
年度末の終業式の日、
保護者への挨拶で
自分が言った言葉を覚えてる。
「私が担任で、ごめんなさい。」
そんな言葉が出てきたことも
最低だと思った。
進級する嬉しさや
クラスが終わる寂しさではなく、
悔しくて、悲しくて、終業式で泣く担任が
世の中にいるのだろうか?
「子どもたちは先生のことが大好きだよ。
それが一番じゃない?」
保護者の方の言葉に
違う涙があふれてきた。
子どもたちに対する思いが
子どもたちにも保護者の方にも
伝わっていると感じられた出来事だった。
――――――――――――――――
あの言葉があったからこそ、
あれから10年以上
幼稚園の先生を続けられたんだろうな・・・
そのおかげで、
尊敬できる同僚や先輩と出会い、
今となっては遠くでも会いに行きたい
と思えるほどの友達になった。
本当にツラかったけど、
あの園に就職してよかったと今は思える。
■違う道へと歩みだす
その後、私は
6年勤めた初めの園を辞め、
海外で2年半幼稚園の先生として働き、
コロナによる帰国で地元に戻った。
実家近くの園で知り合った先輩の紹介で
今の夫と出会った。
結婚後も
変わらず幼稚園の先生を続けていたが、
この13年の間で
何度もやめようと思ったことがある。
初めは、子どもが可愛いだけで
続けられていたけど、
一歩園を離れれば先生にも生活がある。
年々増える仕事量。
サービス残業・持ち帰りは当たり前。
キツいと思っても、
子どもたちのためにと無理をしてしまう。
労働力や命を預かる責任の割に
低いお給料。
基本給は10年たっても
3万円しか増えない現実。
その中から自費で材料を購入する。
上手くいかずに、自分にイライラして
「向いてない」と落ち込むこともあるし、
ニュースをみると
不適切保育や見落としがないようにと
神経質になりすぎることもある。
結婚前は当たり前に思えていたことが、
そうではないことに気付いた。
家で仕事をしていると
「まだ働いてるの?」と驚かれた。
園で使うものを買うと
「それって自分で買うの?」と。
『え?普通じゃないの?』
家庭をもつと家事もこれまでとは違う。
晩御飯を用意できない時に
お惣菜で済ませてしまう自分が嫌だった。
夫はそれでいいと言ってくれても、
家のこともろくにできない事実や
心配してくれることに申し訳なくなった。
『生活のための仕事なのに…浸食されてる』
2年目の経験に向き合って、
無理をしてでも出勤したし
出来ることを増やして何でもやってきた。
でも、そこに残ったのは何だろう?
「先生!」と呼んでくれる
可愛いこどもたちの笑顔。
それだけ?
・・・
我が子は?
無理をしすぎて
なかなか授かることができない。
それどころか、このままだと
家族の時間をとることも難しい。
『いや、でも自分の事ばかりではだめ。
周りを見ないとまた同じことが起きるかも』
…
『周りばかり見て自分のことは?
考えなくてもいいのかな?』
『幸せになりたいだけなのに。』
『もう許してほしい。』
ふと自分に問いかけた。
今、一番大切なものは何?
それを、大切にできてる?
この問いから、
幼稚園の先生ではない
別の未来へと進み始めた。
■1番大切なもの
私にとってそれは家族だった。
今一番に思うのは、子どもを授かること。
不妊治療が進み、
自由に動ける時間が必要になった。
夫の転勤を機に
新しい土地では幼稚園の先生ではなく、
時間に自由の利く仕事をしようと
決意した。
あの時の決意があったからこそ、
今の生活があるんだよな~
思い出しながら、
あの時、勇気を出した自分を
褒めてあげたい気持ちになったところで
助手席で寝ていた夫が起きた。
前だったら、
自分の運転中に1時間も寝てたら
ちょっとモヤモヤしてたけど、
いまは、穏やかでいられる。
こういう考え方の変化も、
ビジネスのマインドを学んでからだと
所々で気づかされる。
ないものばかり見ていた
人を頼りにして得ようとしていた
自分で行動できずにモヤモヤしていた
そうじゃなかった。
ビジネスを学んだら
今ある幸せに気づけるようになった
自分で得ることの方が簡単だと思えた
とにかくやってみないと始まらないと
行動し続けることができている
踏み出す時は
「私なんかにできるかな?」
って、怖くて不安だったけど、
学べば先が見えて楽しくなった。
子どもの頃、
学校に入学したときと何も変わらない。
入る前は不安だけど、
入ってしまえば学んで実践して、
楽しいこともあって、成長して
いつの間にか知識やできることが増えてる。
一歩踏み出せば誰にだって出来る!
その勇気を出せるように
やりたいことに挑戦できるように
その機会を私が作っていこう。
自分が救われたように、私も
これからネットで起業しようと
思っている人を救いたい。
子どもたちの「出来た!」を
一緒に喜んできたのと同じように、
ビジネスでも
一人ひとりに寄り添って、
小さな成果でも一緒に喜びたい。
この思いを忘れずに
これからも進んでいこう。
そう誓った
Fin.
■幸せな現在
ということで、
長い自己紹介になりましたが、
こんな人間です。
ちなみに現在は
宮崎県の田舎在住。
1989年生まれの女性です。
元幼稚園の先生で
ビジネスの知識も経験も何もなかった私でも
時間や場所にとらわれずに
ノンストレスで働くことができている
その方法を伝えながら
ネットでの副業・起業をサポートしていきます。
「いまさら遅い」
「私にはこれしかないから」
そんな風に思ってあきらめている方も
多いのではないでしょうか?
私も同じでした。でも、
これからの人生で一番若いのは
今日、今この瞬間です。
出来るかどうかなんて
やってみないと分からないんです。
家族との時間や
自分自身を大切にすることに目を向けて
決断できました。
今では、
・好きな時間に
・好きな場所で(インドア派なので主に家)
・心穏やかに
こうやって文章を書いて発信したり、
以前の私のように
「現状を変えたい」
「でも何をどうすればいいか分からない」
と悩む方向けに動画を作ったりしています。
『起業』『ビジネス』
そう聞くと難しく感じますよね。
特に、私は『幼児教育』という
ビジネスとは全く関係ないような世界で
長年雇われて生きてきた一人。
本当に何も分かりませんでした。
自分自身で稼ぐことに何となく興味はあっても、
準備や宣伝など、保育以外のことを考えると
ビジネスを学ばなくてはならない。
「私にはできないだろう」
「やるにしても今じゃない。」
そんな気持ちが浮かんでいました。
長いことくよくよと悩んでいましたが、
夫の転勤がタイミングよく重なり
「やっぱり『起業』ってなんか気になる」
「いつかのために今、
ビジネスを学ぶのもありだな」
そう思って、自分なりに調べてみることに。
そして『コンテンツビジネス』
というものに出会い人生が変わりました。
・時間や場所にとらわれない
・自分のペースで進められる
・好きな時間に好きなだけ仕事ができる
そして、その働き方を実現することによって
家族や自分自身を大切にできる。
これは、
『幸せのビジネス』とも言えると、
私は思います。
■本当の幸せって?
あなたにとっての幸せは何ですか?
・一人で自由に生きること
・結婚すること
・家族と一緒に過ごすこと
・お金をたくさん稼ぐこと
・たくさん食べること
・好きなものを好きなだけ手に入れること
人それぞれの幸せがあります。
私にとってそれは、『家族との時間』です。
幼稚園の先生をしていた時には、
残業をしても家に持ち帰って仕事をしても
いただけるのは20万円前後。
・家族との時間を優先できない
・自分の体調も無視せざるを得ない
・10年働いてもほとんど変わらない給料
犠牲にしているものと得るものの量が
釣り合っていないと感じていました。
じゃあ、お金をたくさんもらえればいいのか?
そうではないんです。
たとえ、毎月大金を手に入れることができても、
毎日長時間働いて
家族のための時間を作れないのであれば、
それは私にとっては幸せではない。
治療のために、時間を自由に使いたい。
治療に必要な分のお金が必要。
そして、授かることができたら
一緒に過ごすことのできる時間を
出来るだけ多くとりたい。
家族で生きていけるだけの、
一緒に過ごすことを気兼ねなく楽しめるだけの
お金を稼ぎたい。
『時間と必要な分のお金の両方を手に入れる』
それが、私にとっての幸せであり
起業をするにあたっての思いでした。
お金が1番ではない。
お金は選択肢を増やす道具であって、
お金持ち=幸せ
ではないと思っています。
だから、
ビジネスをする上でも、
月収何千万を目指してはいません。
『大切なもの』を見失わないように
進んでいきます。
ということで、
幼稚園の先生になってから、
起業にいたるまでの経緯・思いをお伝えしました。
私がどんな人間なのか?
どんな経歴があって、
何を大切にしているのか?
このあたりを
分かって頂けたのではないかと思います。
本当に長い自己紹介を、最後まで
読んでくださってありがとうございました。
今後も、
日常からの気付きや
ビジネスに関する学びを発信してきます。
よろしくお願いします。
P.S.
いつも、読んでくださって
ありがとうございます!
とっても嬉しいです♪
あなたも半年・一年後の
幸せな未来に出会えますように
橘 まな
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